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大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)713号 判決 1984年11月29日

控訴人 国

代理人 高田敏明 足立孝和 ほか四名

被控訴人 小畠信吉

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は被控訴人に対し金三万円とこれに対する昭和五七年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一・二審を通じこれを一〇分し、その九を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

五  この判決の第二、第四項は仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は、「1 原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「1 本件控訴を棄却する。2 控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張関係は、次に訂正・付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用し、証拠関係は、原審及び当審における本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

(訂正)

1  原判決三枚目表初行の「店舗」の次に「兼作業場(以下「本件店舗」という。)」を挿入し、三行目の「同訴外人ら」を「浜部節雄及び谷内米一」と、四行目の「同訴外人」を「同人」と、裏二行目の「本件請求の原因事実」を「争点」とそれぞれ改める。

2  同四枚目表六行目の「答弁と」を、七行目から九行目までをそれぞれ削除し、裏二行目の「方から、」の次に「同日もしくはその翌日中に」を挿入し、三行目の「電話する」を「電話してもらう」と改め、六行目の「拒絶し、」の次に「同日もしくはその翌日中に」を挿入する。

3  同五枚目表六行目の「あつた」の次に「ので、新貝敏雄調査官がこれを受けて、「その旨を浜部調査官に伝える。浜部調査官にも予定があると思うので、こちらの方からも電話させる。と答えた」を挿入する。

4  同六枚目表九行目の「原告が、」の次に「同日もしくはその翌日中に」を挿入し、末行の「ただし」から裏初行までを、裏二行目の「(ただし」から三行目の「である)」までをそれぞれ削除する。

(主張)

1  控訴人

(一) 浜部節雄(以下「浜部」ともいう。)の本件店舗への立ち入り行為(以下「本件立ち入り行為」ともいう。)は、所得税法二三四条一項に基づく質問検査権の範囲内の正当行為である。

同法条に基づく質問検査権行使の限界は、質問検査の必要と相手方の私的利益との衡量に求められるところ、右の利益との衡量は、質問検査の手段、方法についても納税者の調査に対する協力の度合、申告内容の良否、帳簿記録の記帳、保管の状況等によつてそれぞれ多様であり、この多種多様な条件の相関関係において決まるものである。浜部は、被控訴人につき昭和五四年分ないし昭和五六年分の所得税調査の必要があり、前後四回にわたつて本件店舗に臨場したにもかかわらず、調査回避を図る被控訴人の信義に反した行動に接したため、本件立ち入り行為に及んだのであつて、本件立ち入り行為は、社会通念上相当な限度にとどまるもので、正当行為である。

(二) 本件立ち入り行為は、国家賠償法一条の違法行為に当らない。

浜部は、四月一二日、同月一五日及び同月一九日の三回にわたり本件店舗を訪れ、いずれの時にも本件店舗入口付近まで立ち入つて被控訴人と面接したが、被控訴人は、多忙を理由に調査を拒絶し、そのうち二度にわたつて、いずれも被控訴人の都合のよい日を連絡する約束をしておきながら、何らの連絡もせず、税務調査に対する対応は極めて不誠実であつた。四月二八日午後一時三〇分は、被控訴人が浜部に対し税務調査に応じる旨自ら申し出た日時であつて、浜部も右日時に被控訴人と面接し得るものと確信していた。しかるに、被控訴人は、右申し出の日時について浜部に対し何ら取消・変更の連絡もせず、その日に浜部が本件店舗に来訪することを知りながら、本件店舗から自転車で一〇分程度の距離にある得意先の土井方へ商用かたがた民商事務局員加藤正信(以下「加藤」ともいう。)と同道して民商への加入勧奨に出向いたのであり、しかも自己が申し出ていた時刻に帰ろうと思えば、加藤より早く本件店舗に帰ることができた(因みに、加藤は自転車を、被控訴人はバイクを使用していた。)にもかかわらず、さらに株式会社近宜に回つて本件店舗を不在にした。

本件立ち入り行為は、<1> その動機・目的は、浜部としては被控訴人の税務調査に対する不誠実な行為から推して被控訴人が在室している疑いがあつたので、その在・不在を確認するためのものであつたこと、<2> 立ち入り場所は、本件店舗のうち作業場の入口辺りの、浜部がそれ以前に三回臨場した際に被控訴人と面談したのとほぼ同じ位置で、本件店舗の形状からして本件店舗内全体を見渡せない所であること、<3> 立ち入り時間は、浜部が「小畠さん」と声をかけて被控訴人の不在を確かめた一分にも満たぬ極く短い間であつたこと、<4> 内扉に設けられてあつた止め金は、内部への立ち入りを阻む戸締り用の錠ではなく、誰でも容易に外すことのできる極めて簡単な構造のものであつて、内扉が自然に開閉することのないように固定する程度の機能しか持たぬものであつたこと、<5> 行為の態様は被控訴人に対し精神的苦痛を与えるようなものとは到底いえないこと等からすると、本件立ち入り行為をもつて国家賠償法一条にいう違法行為に当るとはいえない。

(三) 被控訴人は、浜部の本件立ち入り行為によつて精神的苦痛を被つたとはいえず、せいぜい一時的な不快を感じたに過ぎないものというべきであつて、このような精神的衝動についてまで金銭をもつて慰藉する必要はない。

2  被控訴人

(一) 本件立ち入り行為は質問検査権の範囲外である。

所得税法二三四条一項に基づく質問検査権は罰則による間接強制を伴うとはいうものの任意調査であり、任意調査である以上、被調査者の同意に基づいてのみ行使し得るものである。ところで、本件立ち入り行為は、事前にも事後にも、また明示的にも黙示的にも、被控訴人の同意がないまま行われたものであり、控訴人の主張は前提となる適法要件を欠缺しており、本件立ち入り行為をもつて同法条に基づく質問検査権の範囲内の行為ということができない。

(二) 本件立ち入り行為は国家賠償法一条にいう違法行為に該当する。

浜部が四月一五日に本件店舗に来訪した際、被控訴人は浜部に対し都合のよい日を電話連絡することを約したが、何時までに連絡すると言つたことはない。しかるに、浜部は、被控訴人からの連絡が三日間なかつただけで、四月一九日何の予告もせずに本件店舗に臨場した。そこで、被控訴人は、当日の調査を断り、浜部の申し出によつて次回調査日を四月二六日とすることに一旦決めたのであるが、浜部が自らの都合によりこれを撤回したので、被控訴人から電話連絡することを約した。そして、被控訴人は、四月二一日浜部に対し調査日時として四月二八日午後一時半がよい旨電話連絡したところ、浜部が不在で、他の係員の応答は「浜部の都合が判らないので、こちらから連絡する。」というものであり、その後、浜部から被控訴人の従業員武笠透の受けた連絡は「四月二八日より早くしてくれ。」というものであつて、被控訴人と浜部との間において、調査日時を四月二八日午後一時半とすることについての合意ができなかつた。被控訴人は、四月二八日税務調査がないものと思つていたが、念のため武笠透に対し、もし税務署が来られたら被控訴人が留守だと言つてもらいたい旨伝言して、正午前頃商用のため京都市上京区室町通下立売上るプランニング・ジヤパン(土井雄二方)に出かけ、これに加藤も土井に民商入会を勧誘するため同行した。従つて、被控訴人は多忙な零細自営業者として時間に追われて生活している中で、税務調査が進展するよう出来得る限りの協力をしているのであつて、不誠実呼ばわりされるいわれがなく、被控訴人の社会生活上の都合をわきまえずに振舞つた浜部の行動こそ非難されるべきである。

控訴人は、その主張(二)において<1>ないし<5>の事項を挙げて本件立ち入り行為は違法ではないと主張するが、その内容に誤りがあるうえ、その論法も詭弁である。

(三) 浜部の本件店舗への侵入行為によつて被控訴人の被つた損害は重大である。

本件店舗は、被控訴人の生活の大半を過ごす作業場であり、営業上の機密を含む営業用書類、金銭等が保管されている場所であつて、住居と同様に評価されるものである。そして、私人の家屋に関するプライバシーの権利は公権力を行使する場合に最大限に尊重されるべきものである。ところが、公権力を担う公務員である浜部は、被控訴人によつて立ち入り拒否の意思が明確に示されていた本件店舗に侵入したものであつて、被控訴人の受けた精神的衝撃は大きく、一時的な不快感というものではない。

理由

一  当裁判所の判断は、次に訂正・付加するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決七枚目表六行目の「国税調査官」の前に「当事者の主張一の当事者間に争いのない事実によれば、」を、八行目の「武笠透も」の次に「内扉の外側の止めがねをかけて」をそれぞれ挿入し、末行の「無断で」から裏初行の「余地のない」までを「侵入した」と改め、裏四行目の「当事者」の前に「右」を挿入し、同行の「(事実欄第二の一記載の各事実」を削除し、五行目の「原告が」の次に「四月一五日もしくはその翌日中に」を挿入し、六行目及び七行目の各「(日時の点をのぞく)」をいずれも削除する。

2  同八枚目表八行目の「西側」を「外側」と、裏九行目の「原告方」を「本件店舗」と改める。

3  同九枚目表二行目の「原告方」を「本件店舗」と、末行の「生憎」を「あいにく」とそれぞれ改め、裏五行目の「従業員」の次に「武笠透」を挿入し、一〇行目の「原告方」を「本件店舗」と改める。

4  同一〇枚目表初行の「朝から外出してしまい、」を「正午前から中京民主商工会事務局員加藤正信と同道して京都市上京区室町通り下立売上る山田ビル内土井雄二方に出向き、本件店舗には」と、一〇、一一行目の「作業場」を「本件店舗」と、末行の「西側」を「外側」とそれぞれ改める。

5  同一一枚目表二行目の「中京民主商工会事務局員訴外加藤正信は」を「加藤正信は、被控訴人と土井雄二方を訪問した後、被控訴人と別れて同区聚楽廻南町の加藤末市方へ行くため」と改め、裏四行目の「税務署に」の次に「出向き」を挿入する。

6  同一二枚目表七行目の「その気配」を「内扉の外側から止めがねをかけ、内側から開けられないこと等」と改める。

7  同一三枚目表二行目の次に改行して左のとおり付加する。

「(四) 控訴人は、所得税法二三四条一項に基づく質問検査権(以下「質問検査権」という。)行使の限界は、質問検査の必要と相手方の私的利益との衡量に求められるところ、被控訴人に対する質問検査の必要と被控訴人の信義に反した行動とを対比すると、本件立ち入り行為は質問検査権の範囲内の行為である旨主張するので付言する。

質問検査権は、相手方はこれを受忍すべき義務を一般的に負い、その履行を刑罰によつて間接的心理的に強制されているものではあるが、相手方においてあえて質問検査権を受忍しない場合には、それ以上直接的物理的に右義務の履行を強制し得ないものであり、これを前提として、質問検査の範囲、程度、時期、場所等については、質問検査の必要と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものであるから、質問検査のためであつても、占有者の意思に反して留守中の住居、建造物に立ち入る行為は質問検査権行使の限界を超えるものであり、正当な行為ということはできない。」

8  同一三枚目表九行目の「該当する。」の次に「なお、控訴人は当審の主張(二)において、<1>ないし<5>記載の事項を挙げて、本件立ち入り行為は国家賠償法一条にいう違法行為に当らないと主張するところ、前記認定によれば、右<1>ないし<4>の事項についてはその事実関係の存在はほぼ肯認し得る(ただし、内扉のとめがねが内扉が自然に開閉することのないよう固定する程度の機能しか持たないとの点を除く。)ものの、それがあるからといつて本件立ち入り行為を正当な行為ということができず、また<5>の事項については、本件立ち入り行為は前記認定の態様であつて、本件店舗の平穏を害し、被控訴人に対して精神的苦痛を与えるに足りるものであるから、控訴人の右主張は理由がない。」を、裏二行目の「精神的打撃」の次に「(一時的な不快感というものではない。)」をそれぞれ挿入し、一〇行目の「一〇万円」を「三万円」と改める。

9  同一四枚目表初行の「一〇万円」を「三万円」と改める。

二  よつて、右判断と異なる原判決は相当ではなく、本件控訴は一部理由があるから、民訴法三八六条により原判決を主文第二、第三項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仲西二郎 長谷喜仁 下村浩蔵)

〔参考〕一審判決(京都地裁昭和五七年(ワ)第一三四五号 昭和五九年三月二二日判決)

主文

被告は原告に対し、金一〇万円と、これに対する昭和五七年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、五分し、その四を原告の、その一を被告の各負担とする。

この判決中原告勝訴部分は、仮に執行することができ、被告は、金一〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一 原告

被告は原告に対し、金五〇万円と、これに対する昭和五七年七月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二 被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決と担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一 当事者間に争いがない事実

次の各事実は、当事者間に争いがない。

(一) 原告は、京都市中京区聚楽廻西町一八四番地で看板装飾業(屋号オバタケ工房)を営む、京都府中京民主商工会会員である。

(二) 訴外浜部節雄、谷内米一は、中京税務署に勤務する国税調査官(大蔵事務官)である。

(三) 同訴外人らは、昭和五七年四月二八日午後一時一五分ないし二〇分ころ(以下月日で書いたときは、昭和五七年のことである)、所得税調査のため、(一)掲記の原告の店舗に臨場した。しかし、そのとき、原告は、不在であつた。

原告方従業員訴外武笠透は、同訴外人らに対し、原告の不在を告げたところ、同訴外人らは、「一時半まで表で待たせて貰いますから」といつて、本件店舗の表(道路)に出た。

(四) 武笠透は、仕事に出かけるため、別紙図面記載の内扉の西(外)側の止めがねをかけて他の従業員一名と外出した。

(五) 浜部節雄は、同日午後一時三〇分ころ、この止めがねをはずして同図面の<6>(<6>という、以下同じ用法による)の辺りまで入つた。谷内米一は、そのとき、本件店舗の表で待つていた。

二 本件請求の原因事実

(一) 浜部節雄は、原告の所得税調査の資料を入手する目的で、原告に無断で本件店舗の作業場に侵入し、谷内米一は、その見張りをした。

このように被調査者の同意なく質問検査権を行使することは、所得税法二三四条が規定する任意調査に違反する。

そのうえ、浜部節雄、谷内米一の行為は、刑法一三〇条の住居侵入罪に該当する。

(二) 原告は、これらの違法行為により、社会的信用、営業上の信用を失墜し、金五〇万円を下らない精神的損害を被つた。

(三) 結論

原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づく慰藉料として金五〇万円と、これに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である七月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三 被告の答弁と主張

(認否)

本件請求の原因事実は、全部争う。

(主張)

(一) 浜部節雄は、四月一二日、所得税調査のため、本件店舗に臨場したが、原告は、「今日は仕事で忙しいから、調査に応じられない」と調査を拒絶した。そこで、浜部節雄は、その事業の概況を簡単に聴取し、原告の方から、都合のよい日を電話することにして別れた。

(二) 原告から電話連絡がなかつたので、浜部節雄、谷内米一は、同月一五日、本件店舗に臨場したが、原告は、多忙を理由に調査を拒絶し、電話で都合のよい日を連絡すると約束した。

(三) 原告から何の電話連絡もなかつたので、浜部節雄は、同月一九日、本件店舗に臨場して調査に応ずるよう促したが、原告は、多忙を理由に拒絶し、四月二六日ならよいといつた。そこで、浜部節雄は、同日に調査にくることを約して辞去したが、同日は都合が悪かつたことを思い出し、直ちに引き返して原告にそのことを告げて、原告の方から後日電話で連絡をとつて欲しいと申し入れた。

(四) 原告は、同月二一日、「四月二八日午後一時半に調査に来てもらいたい。」と電話してきたが、浜部節雄は不在であつた。

浜部節雄は、帰庁後、そのことを知り、原告方に電話をしたが、原告は不在であつた。そこで、浜部節雄は、原告方従業員に対し、もつと早くならないか原告に伝えて欲しいと依頼した。しかし、原告からその後電話はなかつた。

(五) 浜部節雄、谷内米一は、同月二八日午後一時二〇分ごろ、本件店舗に臨場したが、武笠透から、「税務署員が来たら、電話がかかつて来なかつたので、都合が悪いと思つて仕事に出かけたと伝えるように頼まれた。」と告げられた。そこで、浜部節雄、谷内米一は、「一時半まで待たせて貰う」といつて表(道路)に出て、しばらくしてから帰ろうとした。

(六) しかし、原告から「一時半から待つていたのに、なぜ来なかつたのか」といわれると困ると考え、原告がいるかどうか確認するため、本件店舗に引き返した。

浜部節雄は、原告がいるかどうかを確認するため、内扉の止めがねを外して<6>の辺りまで入り、「小畠さん」と呼んだが返事がなかつたので、すぐ表の方に出た。谷内米一は、ただ表に待つていただけである。

(七) このように、浜部節雄、谷内米一の行為は、原告が本件店舗にいるかどうかを確認したまでで、<6>の辺りまで入つたことが、住居侵入罪に該当する違法行為には当たらない。

四 被告の主張に対する原告の答弁と反論

(一) (一)の事実は否認する。浜部節雄は、四月一二日、本件店舗に臨場していない。

(二) 同(二)の事実は認める。ただし、原告が、電話連絡をすることを約束したことは、否認する。

(三) 同(三)の事実は認める。ただし、四月一九日とあるのは、四月二一日である。

(四) 同(四)の前段の事実は認め(ただし、四月二一日とあるのは、四月二三日である)、後段の事実は不知。

(五) 同(五)の事実は認める。

(六) 同(六)の事実は争う。

(七) 武笠透は、四月二八日、原告が不在であることを告げて出て行つたのであるから、本件店舗に誰もいなかつたことは、疑う余地がなかつた。それにも拘らず、浜部節雄は、内扉の止めがねを外して作業場の中にまで侵入したのである。したがつて、その目的は、原告の作業場を見たり、調査資料を収集することにあつたといわなければならず、これが、違法であることは、明らかである。

第三証拠関係 <略>

理由

一 国税調査官浜部節雄は、四月二八日午後一時三〇分ころ、税務調査のため本件店舗に臨場したが、居合せた原告の従業員武笠透から、原告が不在であることを告げられ、武笠透も外出したにも拘らず、内扉の止めがねを外し、<6>の辺りまで入つたのであるから、浜部節雄のこの行為は、原告の意思に反して本件店舗の作業場の入口付近に無断で侵入したと非難されても、弁解の余地のない行為であるといわなければならない。

二 そこで、被告は、浜部節雄が、そのような行為に出たことについて、正当性を主張しているので判断する。

(一) 当事者間に争いがない事実(事実欄第二の一記載の各事実)、被告の主張(二)の事実(原告が電話連絡をすることを約束したことをのぞく)、同(三)の事実(日時の点をのぞく)、同(四)の前段の事実(日時の点をのぞく)、同(五)の事実、<証拠略>を総合すると、次のことが認められ、この認定に反する<証拠略>のそれぞれ一部は採用しないし、ほかにこの認定の妨げになる証拠はない。

(1) 原告の本件店舗の内部の模様は、別紙図面のとおりであり、原告は、外出するとき、表の戸は施錠せず、内扉の外側から止めがねをかけるだけにしていた。この止めがねは、しつかりしたものではあつたが、構造上施錠はできず西(外)側から容易に外すことができた。なお、内扉の上部には、透明ガラスの入つた小窓があつた。

(2) 中京税務署の国税調査官浜部節雄は、四月一二日午前一〇時ころ、昭和五四年分ないし昭和五六年分の所得税調査のため、本件店舗に臨場した。

浜部節雄は、<5>のところで、原告と出合い、来意を告げたが、原告は、多忙を理由に調査を断り、事業内容を簡単に教えるにとどまつた。そうして、原告は、「明日、都合のよい日を電話するから」といつたので、浜部節雄は、原告方を辞去したか、その翌日、電話連絡はなかつた。

(3) 浜部節雄は、同僚の谷内米一と、四月一五日午前一〇時ころ、原告方に臨場し、<5>の辺りで原告と出会つたが、原告は、前回と同様多忙を理由に調査を拒絶し、都合のいい日を連絡することを約束した。しかし、電話連絡はなかつた。

(4) 浜部節雄は、四月一九日、原告方に臨場し、そのときも、<5>の辺りで原告に出会つたが、調査に入ることができず、原告の方で、四月二六日が都合がよいから、その日に調査に応じると告げた。

浜部節雄は、四月二六日にくることを約束して原告方を辞去したが、四月二六日には他の用事のあることを思い出し、直ちに引き返して、四月二六日は都合が悪いことを告げた。原告は、「それでは又電話をします」といつた。

(5) 原告は、四月二一日午前中に中京税務署に電話をしてきたが、生憎浜部節雄は不在であつた。原告は、電話を受けた新貝調査官に対し、四月二八日午後一時三〇分から都合がよいからと告げた。新貝調査官は、「浜部の都合があるから、後日電話をします」といつて電話を切つた。

浜部節雄は、四月二一日午後このことを知り、直ちに原告方に電話をしたが、原告不在のため、原告方従業員に対し、「四月二八日よりもつと早くならないかどうか伝えて欲しい」と言伝を依頼した。この言伝を聞いた原告は、何の連絡もせず放置した。

(6) 浜部節雄は、谷内米一と同道して四月二八日午後一時二〇分ころ、原告方に調査のため臨場した。ところが、原告は、四月二八日は、浜部節雄の方で都合が悪いものと考えて朝から外出してしまい、従業員の武笠透、井上登の二名しかいなかつた。

浜部節雄らは、<2>の辺り及び<4>の辺りで「小畠さん」と声をかけたところ、便所から武笠透が出てきたので、浜部節雄らは、来意を告げたところ、武笠透は、「税務署の人なら、小畠さんからことづかつているんやけど、税務署から電話がかかつてこなかつたし仕事に出たといつてくれと頼まれた」と告げた。浜部節雄は、「小畠さんと約束したのは一時三〇分だから、それまで待たして欲しい」というと、武笠透は、「仕事があるから出て行く」といつて、作業場の電気を消し、西側から内扉の止めがねをかけて表の戸を片側だけ開けたまま出て行つた。

浜部節雄らは、表に出て帰庁すべく南に約二〇メートル程歩いて行つたが、ひよつとしたら原告が一時三〇分に帰つてくるのではないか、或は原告が奥にいるのではないかと考え直して本件店舗に引き返した。

谷内米一は、表の<1>の辺りで待つことにし、浜部節雄は、四月二八日午後一時三〇分ころ、内扉の止めがねを外して中に入り、<5>の辺りで「小畠さん」と呼んだが返事がなかつたので、<6>の辺りまで入り、中をのぞき込むようにして「小畠さん」と声をかけたが返事がなかつた。

浜部節雄は、原告が不在であると思い、直ちに表に出てきた。

(7) 中京民主商工会事務局員訴外加藤正信は、恰度そのころ、本件店舗の表道路を自転車で通りかかり、谷内米一が本件店舗の表にいるのに不審を抱き、自転車を停め、「何をしてるんや」と声をかけた。谷内米一は、加藤正信と、二、三言葉を交わしているところに、浜部節雄が中から出てきた。加藤正信は、<4>の辺りで、「勝手に中に入つてよいのか」「中で何をしとつたんや」「帳簿を見たんと違うか」と浜部節雄に詰め寄つた。これに対し、浜部節雄は、「小畠さんがおられるかどうか確認しただけや」と答えた。

浜部節雄らが、本件店舗を辞去したのは、その日の午後一時三五分ころであつた。

(8) 原告は、同日午後四時前ころ、仕事先から本件店舗に帰り、加藤正信から、事の次第を告げられ、謝罪を求めて三回(四月三〇日、五月一〇日、五月一三日)中京税務署に抗議をするとともに、京都地方検察庁に告訴をした(<証拠略>によつて認める)。

(二) 以上認定の事実によると、浜部節雄が、四月二八日午後一時三〇分ころ、本件店舗の内扉の止めがねを外して<6>の辺りまで侵入したのは、原告の不在を確認する目的であつたといえるが、そうだからといつて、浜部節雄のこの行為が正当であるとすることは無理である。浜部節雄としては、何も止めがねを外してまで奥に入る必要はなく、表で待つとか、内扉の西側で大声を出して呼ぶとかする方法があつたし、内扉の小窓から作業場をのぞき込むこともできた。まして、武笠透が原告の不在を告げ自分も外出して行くのを目撃したのであるから、本件店舗の作業場が無人であつたことは、電気が消えていることやその気配で判りえた筈であつた。

このようにみてくると、浜部節雄が、止めがねを外して<6>の辺りまで侵入したことは、それまでの原告の税務調査に対する非協力的態度を考え合わせても、なお軽率のそしりを免れないのであつて、浜部節雄の右行為が正当な範囲であるとすることは、到底できない。

(三) しかし、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、谷内米一が、浜部節雄の住居侵入の見張りをしたこと、及び、浜部節雄が調査資料を入手する目的で本件店舗の作業場まで侵入したことが認められる証拠はない。

原告は、その本人尋問の結果中で、本件店舗の作業場に置いていた得意先受注ノートがこのとき移動しているから、浜部節雄が、これに触れたに違いないと供述し、その証拠として<証拠略>を提出し、証人加藤正信も、原告からこのことを聞かされたと証言している。しかし、前記認定の事実とりわけ浜部節雄が中にいた時間からして、浜部節雄が、原告の得意先受注ノートを開被しメモをとつたとすることは無理である。

三 責任原因について

浜部節雄は、国税調査官として税務調査のため本件店舗に臨場し、原告の不在を確認する目的で、原告の意思に反して内扉の止めがねを外して無断で<6>の辺りまで侵入したのであるから、これは、国家賠償法一条一項の公権力を行使する国家公務員が、その職務執行に際し、故意又は過失によつて違法行為をしたことに該当する。そこで、被告は、同項により、原告の被つた損害を賠償しなければならない筋合である。

四 損害について

原告は、四月二八日午後四時ころ、加藤正信から事の次第を聞かされ、精神的打撃を受けたことは、推認に難くない。もつとも、原告が、浜部節雄の行為によつて、社会的信用や営業上の信用を失墜したとの事実が認められる証拠はない(この点についての原告本人尋問の結果は採用しない)。

浜部節雄の本件店舗の作業場の入口付近への侵入目的、方法、時間、本件店舗が原告の住居ではなく仕事場であること、原告の税務調査に対する非協力的態度など、前記認定事実や本件に顕われた諸般の事情を総合勘案し、原告の被つた精神的苦痛に対し、被告は、金一〇万円を支払つて慰藉するのが相当である。

五 むすび

被告は原告に対し、金一〇万円と、これに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である七月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならないから、原告の本件請求をこの範囲で正当として認容し、これを超える部分を失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長 小田耕治 西田眞基)

別紙<省略>

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